香取量子計測研究室
主任研究員
香取 秀俊

- 略歴
- 1991
- 東京大学工学部 教務職員/同助手
- 1994
- 東京大学大学院 博士学位取得
- 1994
- ドイツ マックスプランク量子光学研究所 客員研究員
- 1999
- 東京大学工学部総合試験所 助教授
- 2010
- 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 教授(現職)
- 2010
- 科学技術振興機構ERATO香取創造時空間プロジェクト
研究総括(現職)
- 2011
- 理化学研究所 香取量子計測研究室 主任研究員(現職)
研究概要
原子スペクトル計測の極限的精度の追求は、量子力学の誕生や現代物理学の発展に大きく貢献してきた。この成果として実現される高精度原子時計は、GPSによる測位や超高速大容量通信ネットワークのタイミング制御など、現代生活を支える基幹技術となっている。我々は2001年に新たな原子時計手法「光格子時計」の概念を提案した。これが実現すれば、原理的には1秒の計測時間で18桁の精度で時間計測が可能になる。このような人類未踏の領域での高精度周波数比較をツールとして、基礎物理定数の恒常性の検証、相対論的な時空の歪みを測地学への応用する相対論的測地学など、最先端の時間計測に基づく基礎物理の探究とその工学的応用を目指す。これと並行して、「光格子時計」をプラットフォームとした、量子フィードバック手法の検討や量子シュミレータ・コンピュータの研究、また、固体原子デバイス(アトムチップ)の開発など、極低温原子を用いる量子情報技術、量子計測の研究を展開する。
最近の研究成果
量子限界で動作する高精度「光格子時計」の実現と新たな物理探索

- 図1 レーザー冷却された数千万個のストロンチウム原子
国際単位系の1秒(SI秒)は、1967年にセシウム原子のマイクロ波の遷移周波数により定義され、現在では15桁の精度が国際原子時として全世界で共有されている。この一方、原子の光学遷移の精密分光によって、さらに精度の高い「光時計」を目指す研究が1980年頃より始まった。この有力候補が、ポールトラップ中の単一イオンを観測する「単一イオン光時計」であるが、90年代になると単一粒子の量子雑音が分光精度を制限することが現実的な困難として議論され始めた。
我々は、「魔法波長・光格子」を用いる新しい原子時計手法を2001年に提案した。ある特定の波長(魔法波長)で原子の光トラップを構成すると、その光による電子状態のエネルギー変化(シュタルクシフト)が時計遷移の基底状態と励起状態で相殺し(図2b)、光の摂動を受けない原子の遷移周波数が測定できる。この原理を用いる「光格子時計」では、光の定在波に原子を閉じ込め、ドップラー・シフトと原子間相互作用を低減することで、およそ100万個の原子の同時観測を実現する(図2a)。これにより分光精度は劇的に向上し、理論的には1秒の測定で18桁の遷移周波数計測が可能になる。我々がストロンチウム原子を用いた最初の実証実験を行った2003年以降、光格子時計の研究は急速に広まり、2006年には秒の再定義の有力候補である「秒の二次表現」の一つとして採択された。2009年の国際度量衡委員会は、その遷移周波数として429 228 004 229 873.7 Hzを勧告し、この不確かさは現行のSI秒にのみ制限される。
しかしながら、「光格子時計」提案の最大の動機であった多数個原子Nを用いた時間計測の高速化は、これまで実証されずにいた。従来のレーザー光源は、量子雑音の大きい単一イオンの観測には十分低雑音であったが、量子雑音が1/√Nに低減された光格子時計では、レーザー光の周波数雑音が引き起こす原子遷移の励起揺らぎが、量子雑音を上回ってしまうのが原因であった。我々は、同一のレーザー光で2台の時計の原子を同時に励起し、レーザー光の周波数雑音の影響を同相除去する手法を開発した。1600秒の平均時間で17桁の周波数比較に成功し(図3)、N ≈ 1000個の原子数に相当する量子雑音限界の安定度を達成した。これは原子数の増大で飛躍的な安定度の向上をねらう光格子時計の設計思想を初めて実証する成果である。
光格子時計が実現する18桁の時間計測では、時計を置く高さを1cm上げれば時計が進み、人が歩く速さで動かせば時計が遅れるのが最後の桁で確認できる。相対論的効果が日常の運動スケールに介入し、これらが数秒という実時間で見えてくると、ダリの「記憶の固執」に登場する「やわらかい時計」を髣髴とさせる世界観が現実のものとなる。原子時計はもはや時間合わせの道具ではなく、曲がった時空を照らし出すプローブの役割を担うことになる。重力シフトを高精度に検出することは、地底に眠る資源の探索や地殻変動を観測する、相対論的測地学ともいうべき新たな分野を切り拓くツールとして期待される。
物理学の基礎は、「物理定数は定数」という暗黙の仮定のもとに成り立ってきた。例えば、微細構造定数α(= e2/hc)が一定であるからこそ、原子時計がその構成原子種に依らず同じ時を刻み続けることが保障される。太陽からの重力ポテンシャルが1年を通して変化する地球上で、異種の原子時計の進み方が異なれば、微細構造定数と重力と結合を示唆するだろう。異種の高精度原子時計の精密比較は、物理定数の恒常性に関する実験的知見を与え、統一理論構築の基礎を与える実験的挑戦として注目される。

- 図2 光格子時計の概念図
- (a)3次元的な光の干渉縞を作り、それぞれの電場の腹に原子を1個ずつ捕獲する。(b)魔法波長のレーザー光で光格子を構成するとき、光電場の摂動は遷移周波数を変化させない。

- 図3 光格子時計の安定度
- (a)2台の光格子時計の周波数差δνの時間変化。光格子時計はν ≈ 429 THzの光周波数で動作している。(b)2台の光格子時計の周波数揺らぎδν/ν。同期計測によって周波数揺らぎが一桁改善する。
主要論文
- H. Katori, Optical lattice clocks and quantum metrology, Nature Photon. 2011, 5, 203.
- M. Takamoto, T. Takano, H. Katori, Frequency comparison of optical lattice clocks beyond the Dick limit, Nature Photon. 2011, 5, 288.
- T. Akatsuka, M. Takamoto, H. Katori, Three-dimensional optical lattice clock with bosonic 88Sr atoms, Phys. Rev. A 2010, 81, 023402.
- H. Katori, K. Hashiguchi, E. Y. Il'inova, V. D. Ovsiannikov, Magic Wavelength to Make Optical Lattice Clocks Insensitive to Atomic Motion, Phys. Rev. Lett. 2009, 103, 153004.
- T. Akatsuka, M. Takamoto, H. Katori, Optical lattice clocks with non-interacting bosons and fermions, Nature Phys. 2008, 4, 954.
- H. Hachisu, et al. Trapping of Neutral Mercury Atoms and Prospects for Optical Lattice Clocks, Phys. Rev. Lett. 2008, 100, 053001.
- M. Takamoto, et al. Improved frequency measurement of a one-dimensional optical lattice clock with a spin-polarized fermionic 87Sr isotope, J. Phys. Soc. Jpn. 2006, 75, 104302.
- T. Kishimoto, et al. Electrodynamic trapping of spinless neutral atoms with an atom chip, Phys. Rev. Lett. 2006, 96, 123001.
- M. Takamoto, F. L. Hong, R. Higashi, H. Katori, An optical lattice clock, Nature 2005, 435, 321.
- H. Katori, M. Takamoto, V. G. Pal'chikov, V. D. Ovsiannikov, Ultrastable optical clock with neutral atoms in an engineered light shift trap, Phys. Rev. Lett. 2003, 91, 173005.
主要メンバー
| 主宰者 |
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| 香取 秀俊 |
Hidetoshi Katori |
主任研究員 |
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| スタッフ研究員 |
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| 髙本 将男 |
Masao Takamoto |
研究員 |
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| ポスドク |
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| マノジ・ダス |
Manoj Das |
特別研究員 |
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| ピエール アントニ スマック・ソーマニー |
Pierre Antoine Somnuck Thoumany |
特別研究員 |
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